・1961 静岡市に生まれる。・1984 国展入選 以後、毎年出品・1986 東京造形大学彫刻研究室修了 国展 60回記念特別賞受賞 第12回盛岡彫刻シンポジウム・1987 文化庁芸術家国内研修員・1988 第6回静岡市招待作家展・1990 国画会会員推挙 '90 '92 '94年石空間展(ギャラリーせいほう)・1991 アバディーン インターナショナル ユースフェスティバル(スコットランド)・1993 相模湖野外美術館彫刻展 第9回八王子彫刻シンポジウム・1997 個展(ギャラリー彩園子、盛岡) 第1回安比彫刻シンポジウム・1998 C.J.A.G.展(ポーランド)・1999 C.J.A.G.展(スロベニア) パブリックアートへの提言展(萌画廊、東京)
450×550×500 グラニット
沢端川 いきいきプラザ前
私は、溢れかえる水が登場する夢をしばしば見るのでその理由を知りたくて、それでは起きている時もその光景を意識してみようと考え、ここ数年、水の流動性を表そうとした作品を制作している。
この作品の形態は蓋の形を借りている。そして、傾いている。また、蓋ののる容器は水平面で切り取られ、不定形な輪郭を持たされている。これらの形を私が作った意図は、作品を見る人に蓋と容器の隙間から何かが流れ出しそうな印象を感じて頂き、そして、その流出する中身について一時の間想像して頂ければと考えたからだ。そこのところで、作品を見る人と私とが目に見えない何物かの姿を共有出来たらと考えている。
その何物かとは、題名にある水と言うことなのだけれど、一体水とは何であるのか。自然界の中で水は絶えず循環してその姿や形は留まる事が無い。また、人間が作り上げて来た社会の中で見られる水の様相も、千差万別な収まり方をしている。そして、収まっているかと思えば、こぼれたり、溢れたり非常に扱い辛い面も持つ。このように捉え所のない水について、今しばらく考えて行きたい。今回、まちの生活空間の水際に作品を展示出来る機会は、私にとって「水を体験する」中で水を知るという大きな意味を持つ。また、市民の方々にあっては私の作品を通して水とは何だろうかと、改めて感じて頂けたら幸いと思う。